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アルミランテ・リンチ (水雷砲艦)

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
「アルミランテ・リンチ」

アルミランテ・リンチ (Almirante Lynch) はチリ海軍水雷砲艦[1]。アルミランテ・リンチ級[1]/シャープシューター級[2]

排水量713トン、垂線間長230フィート (70.10m)、幅27フィート6インチ (8.38m)、速力20.3ノット[1]。兵装は3インチ砲3門、3ポンド砲4門、魚雷発射管5門(艦首1、両舷各2)[1]。1900年に3インチ砲と3ポンド砲は6ポンド砲6門に換装された[1]

バーケンヘッドレアード・ブラザーズ社で建造[2]。1889年起工[1]。同年進水[2]

1891年1月の内戦発生時、「アルミランテ・リンチ」と同型の「アルミランテ・コンデル」はイギリスからチリへ向かっている途中であった[3]。2隻の内、先行していた「アルミランテ・リンチ」はプンタ・アレーナスで砲艦「ピルコマヨ」と会い、両艦の艦長は議会派を支持することで合意[4]。しかし、3隻を政府側に渡そうとする「アルミランテ・リンチ」の次席士官によって両者は陸にあげられてしまい、その後「アルミランテ・リンチ」はバルパライソへ向かった[5]

4月23日、「アルミランテ・リンチ」と「アルミランテ・コンデル」はCaldera湾に停泊していた装甲艦「ブランコ・エンカラダ」を攻撃[6]。「アルミランテ・コンデル」の発射した魚雷3本は外れたが、「アルミランテ・リンチ」の発射した魚雷2本のうちの1本が命中し、「ブランコ・エンカラダ」は沈没した[6]。その後2隻は輸送船「Aconcagua」と交戦した[7]。その時の状況は両者の主張が異なっており、「アルミランテ・リンチ」と「アルミランテ・コンデル」を指揮していたMoragaによれば次のようである。2隻は「Aconcagua」の砲を沈黙させ同船を停止させたものの、水平線上に現れた煙を巡洋艦「エスメラルダ」のものと思い、また「アルミランテ・リンチ」のボイラーで問題が発生していたこともあって、その場を離れた[8]。しかしそれは実際はイギリス艦「Warspite」であり、その間に「Aconcagua」は要塞のもとに退避した[8]。一方、「Aconcagua」側によれば次のようになっている。「Aconcagua」は「アルミランテ・リンチ」、「アルミランテ・コンデル」と交戦し、片方に命中弾を与えて落伍させた[9]。その後もう一隻の方へ向かったところ、相手は撤退した[9]

「アルミランテ・リンチ」は後部に浸水した状態でバルパライソに帰投したが、それが「ブランコ・エンカラダ」の攻撃によるものかそれとも「Aconcagua」の攻撃によるものかは不明である[10]。なお、「ブランコ・エンカラダ」は「アルミランテ・リンチ」に4度命中弾を与えたものと考えられる[10]

5月の第2週、「アルミランテ・リンチ」は、寝返りを図ったものの石炭不足となった水雷艇「Guale」を捕えた[11]

5月19日、「アルミランテ・リンチ」と「アルミランテ・コンデル」、「Imperial」はイキケ沖に現れ攻撃を実施した[12]

議会派の軍は8月20日にバルパライソの北に上陸し、バルパライソへ向かう[13]。その戦いの最中、「アルミランテ・リンチ」が船尾楼の砲で敵陣地を砲撃していたところ、砲尾が爆発する事故が発生し1名が死亡した[14]。8月28日にバルパライソは陥落[15]。「アルミランテ・リンチ」は降伏し、幾人かの士官はアメリカ巡洋艦「ボルチモア」で亡命を求めた[15][16]

1914年に「Tom」と[2]、または1910年頃に「Tomé」と改名[1]

1919年6月26日の D.S. N 1.121により、退役解体となった[2]

脚注

[編集]
  1. ^ a b c d e f g Conway's All the World's Fighting Ships 1860-1905, p. 414
  2. ^ a b c d e Cazatorpedero "Lynch" 1º - Armada de Chile
  3. ^ Four Modern Naval Campaigns, p. 137
  4. ^ Four Modern Naval Campaigns, p. 144
  5. ^ Four Modern Naval Campaigns, p. 145
  6. ^ a b Ironclads at War, p. 321
  7. ^ Four Modern Naval Campaigns, pp. 165-166
  8. ^ a b Four Modern Naval Campaigns, p. 165
  9. ^ a b Four Modern Naval Campaigns, p. 166
  10. ^ a b Four Modern Naval Campaigns, p. 168
  11. ^ Four Modern Naval Campaigns, p. 150
  12. ^ Four Modern Naval Campaigns, p. 169
  13. ^ Ironclads at War, p. 322
  14. ^ Four Modern Naval Campaigns, p. 188
  15. ^ a b Ironclads at War, p. 323
  16. ^ Four Modern Naval Campaigns, p. 188によれば、艦長はドイツ艦「ライプツィヒ」に逃れた。

参考文献

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  • Jack Greene, Alessandro Massignani, Ironclads at War: The Origin and Development of the Armored Warship, 1854-1891, Combined Publishing, 1998, ISBN 0-938289-58-6
  • William Laird Clowes, Four Modern Naval Campaigns: Historical, Strategical, and Tactical with Maps and Plans, Unit Library, 1902
  • Cazatorpedero "Lynch" 1º - Armada de Chile(2023年1月27日閲覧)
  • Conway's All the World's Fighting Ships 1860-1905, Conway Maritime Press. 1979, ISBN 0-8317-0302-4