クリスティーナ・フォン・ザルム
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クリスティーヌ・ド・サルム Christine de Salm | |
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ロレーヌ公妃 | |
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在位 | 1625年11月21日 - 1625年11月26日 |
出生 |
1575年 |
死去 |
1627年12月31日 |
配偶者 | ロレーヌ公フランソワ2世 |
子女 | 一覧参照 |
家名 | 上ザルム家 |
父親 | ザルム伯パウル |
母親 | マリー・ル・ヴァヌール・ド・ティリエール |
クリスティーナ・カタリーナ・フォン・ザルム(Christina Katharina Gräfin von Salm, 1575年 - 1627年12月31日)は、ロレーヌ公フランソワ2世の妻[1]。フランス語名はクリスティーヌ・カトリーヌ・ド・サルム(Christine Catherine de Salm)。
生涯
[編集]上ザルム伯家の一員でブランデンブルク領主のパウル・フォン・ザルム伯爵(1584年没)とその妻マリー・ル・ヴァヌール・ド・ティリエールの間の娘に生まれた[2]。曾祖父の弟に第一次ウィーン包囲を破った軍指揮官ニクラス・フォン・ザルムが、伯父の1人にシュパイヤーの帝国最高法院院長を務めたアントン・フォン・ザルムがいる。
1597年、ロレーヌ公シャルル3世の三男であるヴォーデモン伯フランソワと結婚。1600年に父の長兄であるザルム伯ヨハン8世が死ぬと、夫とともに上ザルム伯領(の半分)を相続した。夫は1625年、ロレーヌ公爵家の相続問題を解決するために1週間だけロレーヌ公国元首として在位したため、クリスティーヌも公爵夫人となった。
子女
[編集]夫フランソワ2世との間に6人の子女をもうけた。
- アンリ(1602年 - 1611年) - アトンシャテル侯爵
- シャルル4世(1604年 - 1675年) - ロレーヌ公、従妹のロレーヌ女公ニコルと結婚[3]、ベアトリクス・ド・キュザンスと再婚
- アンリエット(1605年 - 1675年) - ファルスブール女公、アンセルヴィル男爵ルイ・ド・ギーズ[4]と結婚、サレリオ侯爵カルロス・グアスコと再婚、フランチェスコ・グリマルディ侯爵と三婚
- ニコラ2世(1609年 - 1670年) - ロレーヌ公、従姉妹のロレーヌ公女クロードと結婚
- マルグリット(1615年 - 1672年) - オルレアン公ガストンと結婚
- クリスティーヌ(1621年 - 1622年)
引用
[編集]- ^ (FR)Victor de Saint-Mauris, Etude historiques sur l'ancienne Lorraine, Vol.2, (Vagner, Imprimeur-Libraire-Editeur, 1861), 76.
- ^ (FR)Messager des sciences historiques, (Imprimerie et Lithogr. eug Vanderhaeghen, 1883), 256.
- ^ Carl Eduard Vehse, Memoirs of the Court, Aristocracy, and Diplomacy of Austria, Vol. 2, (Longman, Brown, Green and Longmans, 1856), 40.
- ^ ギーズ枢機卿ルイ・ド・ロレーヌの庶子。