クルバ・エスト
Curva EST(クルヴァ・エスト)とは、かつてJリーグ・浦和レッズがホームスタジアムとして使用している浦和駒場スタジアムの東側コーナー立見席を指し、URAWA BOYS及びURAWA BOYSと共同歩調を取る複数のサポーターグループの総称として知られていた[1]。通称クルヴァ。
歴史
[編集]浦和レッズの応援をリードするサポーターグループURAWA BOYS(以下UB)は、1998年のリーグ戦まで浦和駒場スタジアムの東側ゴール真裏立見席に陣取って応援していたが、リーグ戦終了後の天皇杯から応援場所をコーナー立見席に移動した。ゴール裏立見席には奥行きがないので縦に厚みができない点や、コーナー立見席なら屋根(正確には2階席)の反響を利用できる点など、移動理由は色々あった[2][3]。
CURVAとはイタリア語でカーブを意味し、サッカー界では熱狂的サポーターが陣取るゴール裏のスタンドを指す[4]。駒場スタジアムのコーナー立見席はカーブを描いており、CURVAと呼ぶには好都合の場所であった。UB及びUBと共同歩調を取る複数のサポーターグループは2000年頃からCurva ESTという言葉を頻繁に使うようになり、やがてCurva ESTは浦和レッズサポーターの間でも認知されるようになった。浦和レッズサポーターは一般的に彼らのことをクルヴァと呼ぶ。
なお、Curva ESTとは、UB及びUBと共同歩調を取る複数のサポーターグループの総称として浦和レッズサポーターの間では認知されているが、2002年にCurva ESTがCurva OVEST(駒場スタジアム西側コーナー立見席で応援していた複数のサポーターグループの集合体。2002年に解散)と揉めた際に発表した声明では、『我々の集合体の名称は「CURVA EST」でなく「URAWA BOYS」です。CURVA ESTとは「東のクルヴァ」という意で、単なる我々が駒場にいる場所の名前にしか過ぎません。』と説明している[5]。
2014年3月8日のサガン鳥栖戦で埼玉スタジアム2002のホーム側ゴール裏席の入場口(通称「209ゲート」)に「JAPANESE ONLY(日本人以外お断り)」という人種差別的横断幕を掲げたことでチームが無観客試合などの処分を受けた。掲げたグループである「URAWA BOYS SNAKE '98」のメンバー20人に対し入場禁止の措置を受け(これにより「URAWA BOYS SNAKE '98」は事実上の解散)、同年3月28日にUBをはじめ「Curva EST」に所属する11グループすべてが解散されることが発表された[6]。
その後、2016年ごろにかけてゴール裏ではサポーターグループの再編の動きが見られたが、Curva ESTとは関連がない[要出典]。
Curva EST(集合体URAWA BOYS)グループ一覧
[編集]- 2014年3月28日時点でクルヴァに所属し、解散を表明したグループ
- URAWA BOYS[1]
- X-LINE[1]
- R-NETTERS[1]
- B-ROCK CREW[1]
- URAWA RED A BRIGADE(URB)
- U-UNITED[1]
- RED GUN'S
- Crimson Knights
- FF(fatherfucker)
- COOL BEANS
- UK211
- 横断幕問題により解散したグループ
- URAWA BOYS SNAKE '98[1]
- 横断幕問題以前に離脱したグループ
- BOOTS BOYS[1] - 2008年(平成20年)シーズン前に埼玉スタジアムでの活動場所を南側(アウェイ側ホーム応援席)に移すことを表明し、クルヴァから離脱した。
- OUTSIDERS(元Crimson Knights)
- R-Bridge
その他
[編集]- 2001年にクルヴァのビッグフラッグが完成した。デザインは、セントジョージクロス(イングランド国旗)の中央部にUBの大きなエンブレムが入り、その周りに他のグループのエンブレムが入る[7]。
- 2003年11月3日のナビスコカップ決勝では並びの負担を軽減するため、クルヴァが中心となり、普段のホームリーグ戦で行われている事前抽選を行った[8]。
- 2004年10月23日に県立カシマサッカースタジアムで行われた鹿島アントラーズとのリーグ戦では、クルヴァが中心となりバス60台3000人のバスツアーが実施された。バスの添乗員はクルヴァのメンバーが担当し、事前に消防署で救急救命の講習を受けた[9]。
脚注
[編集]- ^ a b c d e f g h 豊田 2000、105頁
- ^ HISTORY - URAWA BOYS SNAKE '98 公式サイト - ウェイバックマシン(2013年12月8日アーカイブ分)
- ^ 清尾 2001、38頁
- ^ 豊田 2000、99頁
- ^ 1.経過説明(URAWA BOYS) - ウェイバックマシン(2003年2月12日アーカイブ分)
- ^ “ファン・サポーターの皆さんへ”. 浦和レッドダイヤモンズ公式. (2014年3月28日)
- ^ thoughts(2001/4/29参照) - URAWA BOYS SNAKE '98 公式サイト - ウェイバックマシン(2013年12月8日アーカイブ分)
- ^ 清尾淳「俺たちは何をやってきたか(その1~その3参照) - MDPはみ出し話 - ウェイバックマシン(2015年4月22日アーカイブ分)
- ^ YouTube - 2004年10月29日放送のGGR一部分
参考文献
[編集]- 豊田充穂『生還 浦和レッズJ2戦記』マガジンハウス、2000年 ISBN 978-4838712458
- 清尾淳『浦和レッズがやめられない』ランドガレージ、2001年 ISBN 978-4434008474
- 『We are REDS! サポーター戦記』アスペクトムック、2004年 ISBN 978-4757210936
関連項目
[編集]外部リンク
[編集]- URAWA BOYS 公式サイト - ウェイバックマシン(2013年7月3日アーカイブ分)
- R-NETTERS 公式サイト - ウェイバックマシン(2004年7月31日アーカイブ分)
- B-ROCK CREW 公式サイト - ウェイバックマシン(2013年4月26日アーカイブ分)
- U-UNITED 公式サイト - ウェイバックマシン(2003年4月24日アーカイブ分)
- Crimson Knights 公式サイト - ウェイバックマシン(2008年4月30日アーカイブ分)
- FF 公式サイト - ウェイバックマシン(2009年9月26日アーカイブ分)
- COOL BEANS 公式サイト - ウェイバックマシン(2007年1月5日アーカイブ分)
- URAWA BOYS SNAKE '98 公式サイト - ウェイバックマシン(2014年1月3日アーカイブ分)
- BOOTS BOYS 公式サイト - ウェイバックマシン(2009年6月3日アーカイブ分)
- R-Bridge 公式サイト - ウェイバックマシン(2006年12月30日アーカイブ分)