コンテンツにスキップ

ラウス肉腫ウイルス

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
ラウス肉腫ウイルス
分類
: 第6群(1本鎖RNA +鎖)
: レトロウイルス科
Retroviridae
亜科 : オルソレトロウイルス亜科
Orthoretrovirinae
: アルファレトロウイルス属
Alpharetrovirus
: ラウス肉腫ウイルス
Rous sarcoma virus

ラウス肉腫ウイルス (ラウスにくしゅウイルス、Rous sarcoma virus、RSV) はレトロウイルスの1種である。腫瘍ウイルスとして最初に記載されたウイルスで、ニワトリ肉腫を引き起こす。

全てのレトロウイルスと同様、宿主のDNAへの組み込みの前に、RNAゲノムcDNA逆転写する。

歴史

[編集]

RSVは、ニューヨークのロックフェラー大学に勤務していたペイトン・ラウスによって1911年に発見された。ニワトリの腫瘍の無細胞抽出液を健康なプリマスロック種のニワトリへ注入したところ、その抽出液に発がん性があることが判明した。腫瘍は結合組織から構成されていた (肉腫)[1][2]。かくしてRSVは、がんの進行に関する分子レベルでの研究に利用可能な、最初の発がん性レトロウイルスとして知られるようになった[3]

1958年にハリー・ルビンドイツ語版ハワード・マーティン・テミンは、RSVの感染によってニワトリ胚の線維芽細胞を形態学的に変化させるアッセイを開発した。2年後にテミンは、細胞の形態学的転換はRSVの遺伝的性質によって制御されていると結論付けた。当時はまだ知られていなかったが、後にsrc遺伝子が健康な細胞の形態学的転換を担っていることが同定された。1960年代には2つのことが発見された。ある単離されたウイルス株はRSVと関連しており、複製能を持つもののRSVのような形質転換能を持っていなかった。そして、他のRSV株は複製能を持たないものの形質転換能を持っていた。これらの2つの発見は、ウイルスの複製とウイルスによる細胞の悪性転換とはRSVが持つ別々の過程によって行われることを示唆していた[4]

ラウスは、彼の発見によって1966年にノーベル生理学・医学賞を受賞した[5]。その後、エプスタイン・バール・ウイルスのようなヒトの腫瘍ウイルスが発見された。さらに、レトロウイルス中にがん遺伝子が発見され、そしてそれらは細胞にも存在することが発見された[3]

構造とゲノム

[編集]

RSVはエンベロープを持つ第6群のウイルスで、+鎖のRNAゲノムとDNA中間体を含む。

RSVは4つの遺伝子を持っている。

RSVのゲノムはLTR (log terminal repeat) を持っており、これによって宿主ゲノムへの組み込みとRSVの遺伝子の過剰発現が可能となっている。

src遺伝子

[編集]

src遺伝子には発がん性があり、宿主細胞に異常で無制御な成長を引き起こす。この遺伝子は初めて発見されたレトロウイルスのがん遺伝子である[6]。ウイルスが獲得した遺伝子であり、動物界全体にわたって高度に保存されている遺伝子でもある。RSVのゲノムに組み込まれたsrc遺伝子は、宿主細胞の無制御な有糸分裂を促進し、新たな感染を行う細胞を豊富に提供するという利点をウイルスへもたらした。src遺伝子はRSVの増殖に必須ではないが、その存在によってビルレンスは大幅に増大する。Srcタンパク質は細胞の成長と分化に関与するチロシンキナーゼである。SH2ドメインSH3ドメインを持っており、それぞれがキナーゼの活性化と不活性化を担っている[4]

RNAの二次構造

[編集]

RSVのRNAゲノムは、5–7 kbという非常に長い3'UTRを持っているため、真核生物の宿主細胞では通常はNMD (nonsense-mediated decay) へ差し向けられて分解される。RSVの3'UTRにはRous Sarcoma Virus Stablity Element (RSE) として知られる保存された二次構造が同定されており、スプライシングされていないRNAの分解を防いでいることが示されている[7]

RSEはRSVのゲノムで最初に同定されたが、鳥類のレトロウイルスファミリーで広く保存されていると考えられている。RSEの長さは約 300 bpでgag翻訳終止コドンの下流に位置している。RSEの二次構造は、リボヌクレアーゼ分解やSHAPE (selective 2′-hydroxyl acylation analyzed by primer extension) による分析によって決定された[8]

RSVに同定された他のエレメントとしては、プライマー結合部位英語版 (primer binding site) がある[9]

Gagタンパク質

[編集]

Gagタンパク質は、ビリオンの組み立てと宿主細胞への成熟ウイルスの感染に必要とされる。RSVのGagタンパク質 (Pr76) は701アミノ酸からなる。ウイルスにコードされたプロテアーゼによって切断される。切断産物にはマトリックス (MA)、キャプシド (CA)、ヌクレオキャプシド (NC) があり、ウイルス粒子の組み立てや出芽過程に関与する[10][11]

RSVのエンベロープ

[編集]

RSVは1つの糖タンパク質Envを含むエンベロープを持つ。Envはgp85とgp37から構成され、オリゴマーを形成する糖タンパク質である。Envの機能は宿主細胞の受容体へRSVを結合させることであり、pH依存的な標的細胞との融合を引き起こす。エンベロープはエキソサイトーシスによって獲得される。ウイルスは細胞膜から出芽するか細胞膜を押し出すかの方法によって、宿主由来の新たな外膜を持って細胞から出ていく[10][12]

複製サイクル

[編集]

細胞への進入

[編集]

ウイルスが宿主細胞へ進入するには2つの方法がある。細胞の受容体によるエンドサイトーシスまたは融合である。エンドサイトーシスの過程では、ウイルスは標的細胞の細胞膜の受容体に結合し、ウイルスは取り込まれて細胞内へエンドサイトーシスされる。エンドサイトーシスはpH非依存的でも依存的でもありうる。融合の過程では、ウイルスが標的細胞の細胞膜と融合し、ゲノムが細胞内へ放出される。RSVは宿主細胞の細胞膜との融合によって細胞へ進入する[13]

転写

[編集]

RSVゲノムの転写が起こるためには、プライマーが必要である。4S RNAがRSVのためのプライマーとなり、70S RNAがDNA合成のための鋳型となる。RNA依存性DNAポリメラーゼである逆転写酵素によって、ウイルスRNAの全長が相補的DNAへ転写される[14]

出典

[編集]
  1. ^ Rous P (September 1910). “A Transmissible Avian Neoplasm (Sarcoma of the Common Fowl)”. J. Exp. Med. 12 (5): 696–705. doi:10.1084/jem.12.5.696. PMC 2124810. PMID 19867354. https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pmc/articles/PMC2124810/. 
  2. ^ Rous P (April 1911). “A Sarcoma of the Fowl Transmissible by an Agent Separable from the Tumor Cells”. J. Exp. Med. 13 (4): 397–411. doi:10.1084/jem.13.4.397. PMC 2124874. PMID 19867421. https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pmc/articles/PMC2124874/. 
  3. ^ a b “100 years of Rous sarcoma virus”. J. Exp. Med. 208 (12): 2351–5. (November 2011). doi:10.1084/jem.20112160. PMC 3256973. PMID 22110182. https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pmc/articles/PMC3256973/. 
  4. ^ a b Martin GS (June 2001). “The hunting of the Src”. Nat. Rev. Mol. Cell Biol. 2 (6): 467–75. doi:10.1038/35073094. PMID 11389470. 
  5. ^ Nobelprize.org The Nobel Prize in Physiology or Medicine 1966: Peyton Rous, retrieved 1 Jul 2012
  6. ^ Vogt PK (September 2012). “Retroviral oncogenes: a historical primer”. Nat. Rev. Cancer 12 (9): 639–48. doi:10.1038/nrc3320. PMC 3428493. PMID 22898541. https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pmc/articles/PMC3428493/. 
  7. ^ “A 3' UTR sequence stabilizes termination codons in the unspliced RNA of Rous sarcoma virus”. RNA 12 (1): 102–10. (January 2006). doi:10.1261/rna.2129806. PMC 1370890. PMID 16301601. https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pmc/articles/PMC1370890/. 
  8. ^ “Structural characterization of the Rous sarcoma virus RNA stability element”. J. Virol. 83 (5): 2119–29. (March 2009). doi:10.1128/JVI.02113-08. PMC 2643715. PMID 19091866. https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pmc/articles/PMC2643715/. 
  9. ^ “Selection of functional mutations in the U5-IR stem and loop regions of the Rous sarcoma virus genome”. BMC Biol. 2: 8. (2004). doi:10.1186/1741-7007-2-8. PMC 428589. PMID 15153244. https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pmc/articles/PMC428589/. 
  10. ^ a b “An assembly domain of the Rous sarcoma virus Gag protein required late in budding”. J. Virol. 68 (10): 6605–18. (October 1994). PMC 237081. PMID 8083996. https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pmc/articles/PMC237081/. 
  11. ^ “Alterations in the MA and NC domains modulate phosphoinositide-dependent plasma membrane localization of the Rous sarcoma virus Gag protein”. J. Virol. 87 (6): 3609–15. (March 2013). doi:10.1128/JVI.03059-12. PMC 3592118. PMID 23325682. https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pmc/articles/PMC3592118/. 
  12. ^ “Oligomeric structure of a prototype retrovirus glycoprotein”. Proc. Natl. Acad. Sci. U.S.A. 85 (22): 8688–92. (November 1988). Bibcode1988PNAS...85.8688E. doi:10.1073/pnas.85.22.8688. PMC 282525. PMID 2847170. https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pmc/articles/PMC282525/. 
  13. ^ “Fusion of Rous sarcoma virus with host cells does not require exposure to low pH”. J. Virol. 64 (10): 5106–13. (October 1990). PMC 248002. PMID 2168989. https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pmc/articles/PMC248002/. 
  14. ^ “Transcription of DNA from the 70S RNA of Rous sarcoma virus. I. Identification of a specific 4S RNA which serves as primer”. J. Virol. 13 (5): 1126–33. (May 1974). PMC 355423. PMID 4132919. https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pmc/articles/PMC355423/. 

外部リンク

[編集]