コンテンツにスキップ

井上吉之

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

井上 吉之(いのうえ よしゆき、1896年11月20日[1] - 1974年8月21日)は、日本の農学者教育者農業化学を専攻、3つの大学で学長を務めた。農学博士[1]

経歴

[編集]

1896年、和歌山県和歌山市に生まれる。1927年京都帝国大学農学部農林化学科を卒業。理化学研究所を経て、1932年に京都高等蚕糸学校教授となり、1935年に京都帝国大学助教授、1940年に京都帝国大学教授となった。1957年、日本学術会議会員に選出[1]1959年に京都大学を退官すると、1960年東京農工大学[2]1966年鳥取大学学長となった[3]。さらに東亜大学の設立に参画し、1974年に同大学長となった[4]

1970年1月7日には、講書始の儀に招かれ農業化学に関する講義を行った[5]

受賞歴

[編集]

脚注

[編集]
  1. ^ a b c 『人事興信録 第25版 上』(人事興信所、1969年)い52頁
  2. ^ 「井上 吉之」の解説”. 日外アソシエーツ「20世紀日本人名事典」 (2004年). 2021年11月9日閲覧。
  3. ^ 鳥取大学歴代学長”. 鳥取大学. 2021年11月9日閲覧。
  4. ^ 東亜大学は「開学45周年」をむかえました”. 東亜大学 (2018年11月10日). 2021年11月9日閲覧。
  5. ^ 村川東大名誉教授ら三氏がご進講 講書始の儀『朝日新聞』1970年(昭和45年)1月7日夕刊 3版 9面

関連項目

[編集]