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会州 (四川省)

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

会州(會州、かいしゅう)は、中国にかつて存在した隋代から初にかけて、現在の四川省アバ・チベット族チャン族自治州一帯に設置された。

魏晋南北朝時代

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522年普通3年)、南朝梁により設置された縄州を前身とする。564年保定4年)、北周により縄州は汶州と改称された。

隋代

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初には、汶州は2郡3県を管轄した。584年開皇4年)、覃州が廃止され、汶州に統合された。585年(開皇5年)、汶州は蜀州と改称された。586年(開皇6年)、蜀州は会州と改称された。606年大業2年)、翼州が廃止され、会州に統合された。607年(大業3年)、扶州交川県および江潭県が会州に移管された。同年に州が廃止されて郡が置かれると、会州は汶山郡と改称され、下部に11県を管轄した[1]。隋代の行政区分に関しては下表を参照。

隋代の行政区画変遷
区分 開皇元年 区分 大業3年
会州 翼州 覃州 扶州 汶山郡
北部郡 汶山郡 翼針郡 清江郡 覃川郡 栄郷郡 広年郡 左封郡 竜涸郡 汶山県 北川県
汶川県 翼針県
翼水県 通軌県
左封県 平康県
交川県 江潭県
通化県
広陽県
北川県
汶川県 翼針県 竜求県 通軌県 広年県
平康県
- 交川県
江潭県

唐代

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618年武徳元年)、により汶山郡は会州と改められた。会州は汶山・北川・汶川・通化・翼針・翼水・左封・交川の8県を管轄した。この年のうちに翼針・翼水・左封の3県を分離して翼州が置かれ、交川県が松州に転属した。621年(武徳4年)、会州は南会州と改称された。634年貞観8年)、南会州は茂州と改称された[2]

脚注

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  1. ^ 隋書』地理志上
  2. ^ 旧唐書』地理志四