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八百津町

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やおつちょう ウィキデータを編集
八百津町
八百津町旗 八百津町章
八百津町旗 八百津町章
日本の旗 日本
地方 中部地方東海地方
都道府県 岐阜県
加茂郡
市町村コード 21505-8
法人番号 8000020215058 ウィキデータを編集
面積 128.79km2
総人口 9,425[編集]
推計人口、2024年10月1日)
人口密度 73.2人/km2
隣接自治体 恵那市美濃加茂市可児市瑞浪市加茂郡川辺町七宗町白川町可児郡御嵩町
町の木 マツ
町の花 ササユリ
八百津町役場
町長 金子政則
所在地 505-0392
岐阜県加茂郡八百津町八百津3903番地の2
北緯35度28分34秒 東経137度08分30秒 / 北緯35.47603度 東経137.14156度 / 35.47603; 137.14156座標: 北緯35度28分34秒 東経137度08分30秒 / 北緯35.47603度 東経137.14156度 / 35.47603; 137.14156
八百津町役場
地図
町庁舎位置
外部リンク 公式ウェブサイト

八百津町位置図

― 市 / ― 町・村

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八百津町(やおつちょう)は、岐阜県加茂郡にあるである。中濃地域に含まれる。

地理

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岐阜県中南部に位置し、面積の約8割が山林である。南側を木曽川本流に、北側を木曽川水系の飛騨川に挟まれている。海抜120m前後の河岸段丘に沿って住宅や農地が広がっているが、過疎化が進んで人口が減少傾向にある。

東濃五色川とその周辺の地理

人口

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八百津町と全国の年齢別人口分布(2005年) 八百津町の年齢・男女別人口分布(2005年)
紫色 ― 八百津町
緑色 ― 日本全国
青色 ― 男性
赤色 ― 女性
八百津町(に相当する地域)の人口の推移
1970年(昭和45年) 16,396人
1975年(昭和50年) 15,822人
1980年(昭和55年) 15,451人
1985年(昭和60年) 15,215人
1990年(平成2年) 14,731人
1995年(平成7年) 14,323人
2000年(平成12年) 13,632人
2005年(平成17年) 12,935人
2010年(平成22年) 12,045人
2015年(平成27年) 11,027人
2020年(令和2年) 10,195人
総務省統計局 国勢調査より


地名

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  • 伊岐津志
  • 上飯田
  • 上牧野
  • 上吉田
  • 久田見
  • 潮見
  • 錦織
  • 野上
  • 福地
  • 南戸
  • 八百津
  • 和知

歴史

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地名「八百津」の由来

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明治の町村制施行まで現在の大字八百津の地は「細目村」と称していた[1]。町村制の公布を受けて細目村人民惣代が岐阜県知事に村名改称願を提出し[2]、1889年(明治22年)に「八百津町」として町制を施行した[1]。提出された「村名改称御願」によれば大宝2年(702年)に錦織中納言久道が美濃国岐蘇山道を開いた際にそれまで「赤江」と呼んでいた地を「八百津」と名付けたという[2]。そして郡郷を定める際に加茂郡八百津と称したという[2]。八百津は字名として残っているが、村名は錦織久道の従者であった細見次郎の姓から「細見村」とし、その後に細目村と転じたという[2]。つまり、この故事から細目村の旧称は八百津であり、旧称に戻すため改称すると説明された[2]。ただし1921年大正10年)の『美濃国加茂郡誌』は、美濃国岐蘇山道を開いたことを記す『続日本紀』に錦織久道のことは記されていないと指摘している[1]

行政区画の変遷

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行政・議会

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町長

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2024年現在、金子政則が3期目を務める[3]。金子は2016年、赤塚新吾町長引退表明後の新人3人の選挙戦を制して初当選[4]。2020年の選挙では無投票で再選[5]。2024年の選挙では元町議を破って3選[3]

  • 松浦礼造 1889年10月 - 1893年9月[6]
  • 永田収輔 1893年10月 - 1899年7月[6]
  • 永田確郎 1899年8月 -1907年8月[6]
  • 佐藤関三郎 1907年8月 - 1909年3月[6]
  • 大川金左衛門 1909年4月 - 1919年9月[6]
  • 永田収輔 1919年10月 - 1921年11月[6]
  • 交告清市 1921年12月 - 1927年7月[6]
  • 吉田肇 1927年8月 - 1928年3月[6]
  • 加藤春幸 1928年5月 - 1937年8月[6]
  • 中野源六 1937年10月 - 1945年10月[6]
  • 有賀好風 1945年11月 - 1948年9月[6]
  • 佐藤鉄麿 1948年11月 - 1954年9月[6]
  • 交告正郎 1954年10月 - 1955年1月[6]
  • 飯田藤行 1955年(昭和30年)3月 - 1974年(昭和49年)12月[7]
  • 荒井正義 1975年(昭和50年)2月 - 1996年(平成8年)1月[7]
  • 赤塚新吾 1996年(平成8年)1月28日 - 2016年(平成28年)1月27日
  • 金子政則 2016年(平成28年)1月28日 - 現職

町議会

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2023年現在の議員定数は10人である[8]

1999年に18人から15人へ[9]、2005年に15人から10人へ削減された[10]

姉妹都市・提携都市

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経済

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八百津煎餅

古くから林業が行われている地域であるが農林水産業以外に第2次産業の製造業が盛んな地域である。八百津町の地場産業として八百津せんべい(八百津煎餅)がある。1921年(大正10年)に初めて八百津町で煎餅が生産された。昭和時代に全国各地に出荷する煎餅の産地となった[11]。最盛期には150以上の事業所がある一大産地だったが、高度経済成長期に大量生産体制が確立されると供給過剰となり、2006年(平成18年)時点では約35の事業所にまで減少している[11]

  • 内堀醸造(酢の製造会社)
  • 味噌平醸造(醤油や味噌の製造会社)
  • 合資会社山田商店(蔵元やまだ、酒蔵)
  • 花盛酒造(酒蔵)
  • 佐合食品工業(こんにゃく製品の販売)
  • わたげの家(障害者雇用)

施設

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国土交通省
警察
消防
消防団
  • 八百津町消防団
郵便局
役場
  • 八百津町役場
    • 錦津出張所
    • 久田見出張所
    • 福地出張所
    • 潮南出張所
    • 和知出張所
医療機関
  • 伊佐治病院
文化施設

教育

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小学校

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中学校

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高等学校

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交通

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コミュニティバス802(2020年9月廃止)
二股トンネル

鉄道

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かつては木曽川の南岸を名鉄八百津線が通っており、可児市方面に通じていた。廃止時点では大字伊岐津志に中野駅八百津駅の2駅があった。名鉄八百津線は2001年(平成13年)に廃止され、八百津町を通る鉄道路線は無くなった。

バス

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道路

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高速道路

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町の西端を東海環状自動車道が走るが、町内にインターチェンジはない。南に可児御嵩インターチェンジ、西に美濃加茂インターチェンジがある。

一般国道

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一般県道

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町内の道路通称名

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名所・祭事

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神社

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  • 大舩神社
  • 熊野神社(八百津)
  • 神明神社(八百津芦渡)
  • 諏訪神社(元八百津)
  • 神明神社(久田見)
  • 中森神社(福地外)
  • 南宮神社(伊岐津志)
  • 八幡神社(和知)

寺院

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明鏡寺観音堂

観光スポット

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人道の丘公園 シンボルモニュメント

名物

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祭事

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  • 八百津だんじり祭り - 八百津地区の大舩神社を中心に開催される祭礼。毎年4月第2土曜・日曜日。
  • 久田見まつり - 久田見地区の神明神社・白鬚神社で開催される祭礼。毎年4月第3土曜・日曜日。

衛生

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医療

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福地、潮見、南戸は無医地区となっている[13]。福地に八百津町福地診療所、潮見に八百津町潮南診療所が設けられ、医師が出張している[14]

厚生労働省の2008年から2012年までの統計によれば、八百津町における急性心筋梗塞(心臓発作)の死亡率は全国平均に対して男性で3.8倍、女性で3.9倍であり、人口1万人以上の市区町村で最も高い[15]

出来事

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口裂け女

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『週刊朝日』1979年6月29日号には八百津町に口裂け女が出没したという記事が掲載され、口裂け女は社会問題となった[16]

豚熱

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2018年9月に岐阜市の養豚場で豚熱の感染が確認されて以降、野生イノシシを介して感染が広がる中、最初に感染が確認された養豚場から東方に約23.5キロメートル離れた八百津町和知でも11月26日に野生イノシシの感染が確認された[17]。周辺での感染確認やそれを受けた狩猟制限により、獣肉処理施設も活動を自粛した[18]。2019年3月からは感染が確認された他の地域とともに野生イノシシに対する経口ワクチンの散布が行われた[19]

人物

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杉原千畝

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「杉原千畝実家跡」の看板

八百津町役場は八百津町が杉原千畝の出身地であると主張している[20][21]2017年平成29年)、八百津町は杉原千畝による自筆手記2点を含む日本通過ビザ発給の記録、いわゆる「杉原リスト」[22][23]世界記憶遺産登録申請書をユネスコに提出した[24]。一方、八百津町が管理する杉原千畝の戸籍には、武儀郡上有知町(現在の美濃市)で出生と書かれている[25]ことが判明したため、これを受けて美濃市が調査したところ、出生地とされる住所には「教泉寺」という寺があり[25]、千畝の父である杉原好水が当時勤務していた税務署が、寺に隣接していた事がわかった[25]。なお、杉原千畝の四男は、週刊新潮の取材に対し、ユネスコに世界記憶遺産として登録申請された手記あるいはその下書きとされている原稿には改竄の疑いがあると述べている[26]。また、2016年12月末、日本ユネスコ国内委員会の要請に従い、「杉原リスト」登録申請書における「birth place:生誕地」の文言を「hometown:出身地」と書き改めた[27]。さらに2017年2月中には、出生について書かれた手記と称する2通の文書を取り下げるとともに、同申請書から同町が杉原氏の「hometown:出身地」であると書かれた文章を削除していたことが明らかになった[28]

名誉町民

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  • 岡田菊治郎 - 実業家
  • 飯田藤行 - 元八百津町町長
  • 吉田茂 - 実業家

脚注

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  1. ^ a b c 岐阜県加茂郡役所 1921, p. 87.
  2. ^ a b c d e 八百津町史編纂委員会 1972, pp. 834–835, 村名改称御願.
  3. ^ a b 大橋貴史、近藤晶、華原士文「金子さん新人破り3選 八百津町長選 「町の魅力アピール」」『中日新聞』中日新聞社、2024年1月22日、朝刊 岐阜県版、8面。
  4. ^ 平井一敏「金子氏が初当選 八百津町長選 まちづくりに意欲」『中日新聞』中日新聞社、2016年1月18日、朝刊 岐阜県版、12面。
  5. ^ 渡辺大地「「町民と政策進めたい」 八百津町長選 金子さん無投票再選」『中日新聞』中日新聞社、2020年1月15日、朝刊 岐阜県版、16面。
  6. ^ a b c d e f g h i j k l m 八百津町史 1976, p. 260.
  7. ^ a b 八百津町総務課広報行政係. “ふるさとの歩み”. 町の紹介. 行政情報. 八百津町. 2020年11月3日閲覧。
  8. ^ 「八百津町議 10人決まる」『中日新聞』中日新聞社、2023年8月28日、朝刊 岐阜県版、8面。
  9. ^ 「定数削減案を可決 八百津町議会」『中日新聞』中日新聞社、1999年6月8日、朝刊 岐阜県版、16面。
  10. ^ 生田貴士「議員定数15→10 条例改正を可決 八百津町議会」『中日新聞』中日新聞社、2005年3月8日、朝刊 岐阜県版、20面。
  11. ^ a b 八百津がなぜ? 八百津せんべいの産地…! 八百津町商工会、2006年12月22日
  12. ^ 「出身地違った?『日本のシンドラー』」『週刊朝日』1999年9月17日
  13. ^ 八百津町史編纂委員会 1976, p. 550.
  14. ^ 八百津町診療所設置及び管理に関する条例
  15. ^ 「心臓病」の地域格差 データでみる あなたの市区町村は?」『日本経済新聞社』2017年8月4日。2018年12月27日閲覧。
  16. ^ 平泉悦郎「全国の小中学生を恐れさせる「口裂け女」風説の奇々怪々」『週刊朝日』83巻27号(通巻3191号)、朝日新聞出版、1979年6月29日、NCID AN10051537 
  17. ^ 稲田雅文、野瀬井寛「豚コレラ防疫完了 イノシシ拡散防止 続く 県、対策を模索」『中日新聞 朝刊 岐阜県版』2018年12月8日、22面。
  18. ^ 平井一敏「フォーカス イノシシ肉 自粛いつまで 可茂の関係者 豚コレラ収束願う」『中日新聞 朝刊 可茂版』2019年1月13日、18面。
  19. ^ 室田賢「ワクチンの散布開始 豚コレラ、18市町計900カ所」『朝日新聞 朝刊 岐阜全県』2019年3月26日、29面。
  20. ^ 杉原千畝はどういう人”. 八百津町. 2017年1月6日閲覧。
  21. ^ 八百津町へ行こう”. 杉原千畝記念館. 2017年1月6日閲覧。
  22. ^ 平成27年9月24日 岐阜県報道発表資料”. 2017年1月6日閲覧。
  23. ^ ユネスコ記憶遺産(国際登録)国内公募の選定結果について”. 文部科学省 (2015年9月24日). 2017年1月24日閲覧。
  24. ^ 世界記憶遺産へ登録申請 杉原千畝の資料と上野三碑」『』日本経済新聞、2016年5月20日。2017年1月6日閲覧。
  25. ^ a b c 千畝氏の出生たどる 戸籍記載の美濃市の寺 四男が訪問」『』岐阜新聞、2016年7月12日。2016年11月16日閲覧。
  26. ^ 「世界記憶遺産」に申請された命のビザ「杉原千畝」手記の改竄疑惑 週刊新潮 2016年11月02日
  27. ^ 命のビザ、八百津から世界へ 記憶遺産登録へ高まる期待」『中日新聞 朝刊 岐阜県版』2017年2月6日、12面。2017年2月6日閲覧。
  28. ^ 出生巡る手記見送り 千畝氏「世界の記憶」申請」『岐阜新聞』2017年2月22日。2017年2月22日閲覧。

参考文献

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外部リンク

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