山本信哉
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山本 信哉(やまもと のぶき、明治6年〈1873年〉7月19日[1] - 昭和19年〈1944年〉12月18日[1])は、日本の歴史学者、神道学者。東京帝国大学史料編纂所史料編纂官。
来歴
[編集]- 明治 6年(1873年) - 愛媛県宇和郡立間村(現在の宇和島市)に生まれる[1]。旧姓:森[1]。
- 明治28年(1895年) - 國學院本科を卒業[1]。
- 明治29年(1896年) - 『古事類苑』編纂に従事( - 大正3年(1914年))[1]。
- 大正 2年(1913年) - 東京帝国大学史料編纂掛史料編纂官補[1]。
- 大正10年(1921年) - 國學院大學教授を兼任[1]。
- 大正12年(1923年) - 東京帝国大学から文学博士の学位を取得[1]。
- 大正14年(1925年) - 東京帝国大学史料編纂所史料編纂官となり[1]、『大日本史料』第1編を担当。
- 昭和1933年)- 東京帝国大学講師( - 昭和10年(1935年)) 8年(
- 昭和11年(1936年) - 東大を退官。その後は帝国学士院の『帝室制度史』編纂に従事した。
著書
[編集]- 『神道叢説』国書刊行会、明治44年(1911年)
- 『惟神の出典と其の新解釈』昭和8年(1933年)
- 『民間の儀式』雄山閣、昭和10年(1935年)
- 『神道要典』博文館、昭和17年(1942年)
- 『神道綱要』明世堂、昭和17年(1942年)