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樫山純三

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

樫山 純三(かしやま じゅんぞう、1901年9月21日 - 1986年6月1日)は、日本実業家オンワード樫山の創業者。また、競走馬馬主としても知られる。

『現代人物史』(1966年)掲載肖像

人物・経歴

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  • 1901年9月21日、長野県北佐久郡小諸町(現・小諸市)にて生誕(家系については白檮山氏を参照)。
  • 尋常小学校卒業後、三越呉服店丁稚として入店、商業の基礎を学ぶ。
  • 大阪貿易学校卒業。
  • 1927年2月、大阪にて樫山商店を設立。
  • 1947年9月、樫山商店を株式会社化し、オンワード樫山(法人としては、現:オンワードホールディングス)の母体となる、樫山株式会社を設立。
  • 1960年10月、オンワード牧場を創設。
  • 1977年、樫山奨学財団を設立し国内外を問わず若き人材の育成に力を入れる。
  • 樫山純三家の墓
    1986年6月1日、死去。84歳没。墓所は小諸市荒町海應院。

競馬事業

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純三は競走馬のオーナー(馬主)としても有名でありみずからオンワード牧場を創設し、オーナーブリーダーとして数々の名馬を世に送り出した。また、ハードツービートで日本人で初めてフランスダービージョッケクルブ賞)を勝利した国際的ホースマンでもあった。勝負服の服色は日本国内・国外ともに「黒、青袖」を使用。

純三の死後、夫人の樫山ハルが競馬事業を引き継いだ。牧場は2012年まで運営された[1]

おもな所有活躍馬

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著書

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樫山純三賞

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樫山奨学財団30周年記念事業の一環として創設された学術賞。国際的視野に立った社会科学(政治、経済、社会など)の分野の現代アジア研究における独創的で優れた業績の著者へ授賞。推薦ならびに自著の応募による。候補者の国籍や年齢は問わない。原則として毎年学術書1件、一般書1件の計2件(第5回までは学術書2件)とし、1件につき賞状および副賞(賞金100万円)を贈呈する。また、オンワードホールディングスよりオンワード賞(高級スーツ)が贈呈される。過去授賞歴は以下のとおり[2]

脚注

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  1. ^ オンワード牧場が撤退 馬産など地域振興に功績【浦河】”. 日高報知新聞. 北海道ニュースリンク協議会 (2012年1月30日). 2012年2月12日閲覧。
  2. ^ 樫山奨学財団(樫山純三賞)”. 樫山奨学財団. 2022年8月3日閲覧。
  3. ^ 2021年度受賞一覧”. 名古屋大学出版会. 2022年8月3日閲覧。
  4. ^ "お知らせ:第18回 樫山純三賞受賞作が決定しました!."樫山奨学財団(2023年9月27日). 2024年11月19日閲覧。
  5. ^ "お知らせ:第19回 樫山純三賞受賞作が決定しました!."樫山奨学財団(2024年9月27日). 2024年11月19日閲覧。

関連項目

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外部リンク

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