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海上町

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
うなかみまち
海上町
龍福寺
海上町旗
海上町旗
海上町章
海上町章
海上町旗 海上町章
廃止日 2005年平成17年)7月1日[1]
廃止理由 新設合併
旭市、海上郡海上町飯岡町香取郡干潟町旭市[1]
現在の自治体 旭市
廃止時点のデータ
日本の旗 日本
地方 関東地方
都道府県 千葉県
海上郡
市町村コード 12361-7
面積 28.59 km2
総人口 11,153
(2005年4月1日)
隣接自治体 旭市、銚子市、海上郡飯岡町、香取郡干潟町、東庄町
町の木 エンジュ
町の花 オオムラサキツツジ
海上町役場
所在地 289-2692
千葉県海上郡海上町高生1
(現在の旭市高生1)
座標 北緯35度43分59秒 東経140度41分30秒 / 北緯35.73317度 東経140.69178度 / 35.73317; 140.69178座標: 北緯35度43分59秒 東経140度41分30秒 / 北緯35.73317度 東経140.69178度 / 35.73317; 140.69178
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閉町記念碑

海上町(うなかみまち)は、千葉県の東部、海上郡(かいじょうぐん)にあった。約半分が「椿海」というであった。

町勢

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  • 面積:28.59km2
  • 人口:11,153人
  • 世帯数:3,385世帯
  • 人口密度:390.10人

(以上、2005年4月1日現在)

歴史

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海上町町域の変遷(年表)
月日 旧海上町町域に関連する行政区域変遷
1889年(明治22年) 4月1日 町村制施行により、以下の村がそれぞれ発足が発足[2]
  • 鶴巻村 ← 見広村・大間手村・長尾村・倉橋村・蛇園村
  • 滝郷村 ← 清滝村・幾世村・岩井村・松ケ谷村
  • 嚶鳴村 ← 琴田村・後草村・高生村・江ケ崎村
1954年(昭和29年) 3月31日 滝郷村・嚶鳴村・鶴巻村が合併し海上町が発足。
海上町の一部(琴田の一部)は旭市に編入。
1955年(昭和30年) 海上町の一部(琴田の一部)は旭市に編入。
1956年(昭和31年) 海上町の一部(琴田の一部)は旭市に編入。
1960年(昭和35年) 海上町の一部(琴田、江ケ崎の各一部)は旭市に編入。
1984年(昭和59年) 旭市の一部(網戸山)を海上町に編入
2005年(平成17年) 7月1日 海上町は旭市・飯岡町香取郡干潟町とともに合併し旭市が発足。海上町は消滅。
海上町町域の変遷表(※細かな境界の変遷は省略)
1868年
以前
明治22年
4月1日
明治22年 - 昭和19年 昭和20年 - 昭和64年 平成元年 - 現在 現在
琴田村 嚶鳴村 嚶鳴村 昭和29年3月31日
海上町
平成17年7月1日
旭市
旭市
後草村
高生村
江ケ崎村
清滝村 滝郷村 滝郷村
幾世村
岩井村
松ケ谷村
見広村 鶴巻村 鶴巻村
大間手村
長尾村
倉橋村
蛇園村

行政

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歴代町長は以下の通りである[3]

氏名 在任期間 参考
1 飯島又平 昭和29年3月31日〜4月22日 元嚶鳴村長
2 崎山太良右衛門 昭和29年5月1日〜昭和31年4月30日 元嚶鳴村長
3 木内忠兵衛 昭和31年5月30日〜昭和43年5月30日 元滝郷村長
4 向後高嘉 昭和43年5月30日〜昭和52年10月7日
5 遠藤信雄 昭和52年11月3日〜昭和60年11月2日
6 崎山八郎 昭和60年11月3日〜

交通

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鉄道

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道路

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一般国道
主要地方道
一般県道

観光

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  • 岩井不動堂・キャンプ場
  • 龍福寺の森
  • 滝のさと自然公園

脚注

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  1. ^ a b c “新「旭市」がスタート 人口7万、世帯数2万 新市長選 24日告示、31日投開票 行事、手続き目白押し 農業生産額は県内1位に”. 千葉日報 (千葉日報社): pp. 朝刊 16. (2005年7月2日) 
  2. ^ 角川日本地名大辞典編纂委員会『角川日本地名大辞典 12 千葉県』、角川書店、1984年 ISBN 4040011201より
  3. ^ 『海上町史総集編』海上町史編さん委員会編集、516頁

関連項目

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外部リンク

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