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満洲短歌

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満洲短歌』(まんしゅうたんか)は、1929年に創刊された短歌雑誌。

概要

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「滿洲郷土藝術協會」が発行、八木沼丈夫が主宰[1] 、主要同人[1] に八木沼丈夫、原眞弓富田充城所英一、山本友一[2]小川博三香川末光三ツ谷平治などが居る。発行者[3] は1935年(昭和10年)頃までは城所英一、以後、終刊号となった1941年(昭和16年)発行の第13巻117号までは香川末光であった。「満洲短歌」には、人間愛に満ちた八木沼丈夫を慕う若者たちが多く集まり、大陸における短歌活動の中心となった[4]

1941年(昭和16年)4月1日に4歌誌の合同により「満洲短歌」 は「短歌精神」[5] に統合された。この時の「短歌精神」の発行人は富田充であった。その後、1941年(昭和16年)11月1日には、八木沼丈夫主宰の「短歌中原」[6]が創刊され、「満洲短歌」の同人はこの「短歌中原」に参加した。「短歌中原」の発行人は第3巻までは田邊益男、その後は及川鶴治となる。「短歌中原」は1945年(昭和20年)2月1日発行の第五巻第二号により終刊となる。

終戦後の1948年(昭和23年)8月30日に竹内正俊三ツ谷平治などの尽力により「短歌中原」が復刊[6]されるが、第二号により終刊となる。復刊「短歌中原」の発行者は原眞弓であった。

脚注

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  1. ^ a b 拓殖大学図書館・国際日本文化研究センター図書館等所蔵の月刊「満洲短歌」参照
  2. ^ 戦後、歌誌「地中海」に所属し宮中歌会始選者をつとめた歌人
  3. ^ 拓殖大学図書館・国際日本文化研究センター図書館等所蔵の月刊誌「満洲短歌」参照
  4. ^ 創大アジア研究第23号(2002年3月発行)17-26頁の「満洲における日本文学の研究(西田禎元)」
  5. ^ 北海道立文学館所蔵の月刊誌「短歌精神(津田木綿子寄贈)」参照
  6. ^ a b 北海道立文学館等所蔵の月刊誌「短歌中原(津田木綿子寄贈)」参照