第7方面軍 (日本軍)
表示
第7方面軍 | |
---|---|
英軍に降伏する第7方面軍司令官 | |
創設 | 1944年(昭和19年)3月22日 |
廃止 | 1945年(昭和20年) |
所属政体 | 大日本帝国 |
所属組織 | 大日本帝国陸軍 |
部隊編制単位 | 方面軍 |
所在地 | シンガポール |
通称号/略称 | 岡 |
最終上級単位 | 南方軍 |
担当地域 | シンガポール |
最終位置 | シンガポール |
戦歴 | 第二次世界大戦 |
第7方面軍(だい7ほうめんぐん)は、大日本帝国陸軍の方面軍の一つ。
沿革
[編集]占領地域が増え、それまで南西地域で統一した作戦・軍政を行う部隊がなかったことから、大本営は1944年(昭和19年)3月27日に南方軍戦闘序列を更改し新たに編制された。南方軍隷下でシンガポール方面の作戦・防衛を担当した。
編制完結は4月15日。当初の隷下兵団は第16軍、第25軍、第29軍、ボルネオ守備軍の4つだったが、ボルネオ守備軍は第37軍に改編され指揮下から離れた。1944年(昭和19年)4月25日に、方面軍司令部のあるシンガポール(当時は昭南市)防衛の為、「昭南防衛隊」の編制を下令し、10月14日編制完結。
1945年(昭和20年)5月頃から方面軍はシンガポールの守備に特に力を注ぎ、同地に展開していた第3航空軍司令部・海軍の第十方面艦隊司令部と連携する。新たな陣営を構築している最中終戦を迎える。
第7方面軍概要
[編集]- 通称号:岡
- 編成時期:1944年3月22日
- 最終位置:シンガポール
- 最終上級部隊:南方軍
第7方面軍の人事
[編集]歴代司令官
[編集]歴代参謀長
[編集]歴代参謀副長
[編集]歴代高級参謀
[編集]参謀部
[編集]- 高級参謀:今岡豊 大佐(第3課長、陸士30期、第3航空軍参謀を兼任):1944年(昭和19年)3月22日 - )
- 情報参謀:桑原長 中佐
- 作戦参謀:糸賀公一 中佐
- 作戦参謀:森文雄 中佐(軍政監部参謀の兼職)
- 鉄道参謀:上杉源之 少佐
- 航空参謀:宮崎正直 少佐
- 航空参謀:原田稔 少佐
- 参謀:都渡正義 大佐
- 参謀:内藤清 中佐
- 参謀:稲葉正二 少佐
- 参謀:枦山徹夫 少佐
副官部
[編集]- 高級副官:山田進 大佐(陸士37期)
司令部各部
[編集]- 兵器部長:河野省三 少将(陸士26期):1944年(昭和19年)11月30日 -
- 経理部長:内田栄喜 主計少将:1945年(昭和20年)1月29日 -
- 軍医部長:細見憲 軍医少将:1944年(昭和19年)3月22日 -
- 獣医部長:市井正次 獣医少将:1944年(昭和19年)5月1日 -
- 法務部長:大塚操 法務少将:1944年(昭和19年)3月22日 -
最終所属部隊
[編集]- 直轄部隊
- 第46師団
- 独立混成第26旅団
- 昭南防衛司令部(1944年4月25日組織、軍令による編成完結は10月14日):田坂専一中将
- 独立警備歩兵第79大隊:藤田肇 少佐
- 独立警備歩兵第80大隊:塚本忠基 大尉
- 独立野砲兵第25大隊:加藤加一 少佐
- 野戦高射砲第48大隊:伊藤加一 少佐 (45期)
- 野戦高射砲第94大隊:松田喜一郎 少佐
- 臨時混成第1大隊:
- 臨時混成第2大隊:※ 第5師団第21連隊第3大隊基幹
- 臨時混成第3大隊:
- 独立重砲兵第13連隊:小原文雄大佐(1945年6月15日に独立重砲兵第2大隊を改編)
- 第7方面軍軍政監部
- 直属兵站部隊
- 第17野戦郵便隊
- 南方第1陸軍病院:細谷清軍医少将
- 南方第3陸軍病院:島津忠預軍医少将
- 第12兵站病馬廠:仁田原耕三獣医中佐
- 第18軍馬防疫廠:槇村浩獣医大佐
- 昭南交通隊
- 第7方面軍野戦兵器廠:吉野芳三大佐
- 第7方面軍野戦自動車廠:片岡幸作大佐
- 第7方面軍野戦貨物廠:永野博夫主計大佐
- 南方軍野戦造兵廠:安藤正一少将
- 南方燃料技術研究所:上村寿太郎技術大佐
- ジャワ燃料工廠:小堀金城少将
- 南スマトラ燃料工廠:浅野剛少将