コンテンツにスキップ

青木一典

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
 
青木一典
時代 江戸時代中期
生誕 元禄10年(1697年
死没 享保21年1月27日1736年3月9日
改名 寅之助(幼名)、一典
戒名 春徳院殿瑞海元活大居士
墓所 東京都港区白金台の瑞聖寺
官位 従五位下甲斐守出羽守
幕府 江戸幕府
主君 徳川家継吉宗
摂津麻田藩
氏族 青木氏
父母 青木重矩
兄弟 一典松平乗真正室
冷泉為経
一都見典一新加藤明義室、寅太郎、亀三郎、井上正岑、下間頼寛下間仲一
テンプレートを表示

青木 一典(あおき かずつね)は、江戸時代中期の大名摂津国麻田藩の第5代藩主。官位従五位下甲斐守出羽守

略歴

[編集]

元禄10年(1697年)、第4代藩主・青木重矩の長男として麻田で誕生した。

正徳3年(1713年)閏5月22日、父の隠居により家督を継いだ。

享保21年(1736年)正月27日、死去。享年40。跡を長男の一都が継いだ。

系譜

[編集]