エッセイストとしても活躍する俳優・小林聡美さんが、現在進行形の関心事や等身大の日常を軽やかにつづります。長かった猛暑の夏が終わり、ふと振り返ると今年は「仕事以外のお楽しみ」が少な過ぎることに気づいた小林さん。これはいかん、ココロに栄養を与えなくては! と箱根の日帰り温泉に出かけます。お湯と自然を求めて集う人々にまぎれながら、小林さんはどんな1日を過ごしたのでしょうか。

 この夏は本当に暑かった(毎年言っている気がするが)。夏だから当たり前、というにはあまりにも灼熱(しゃくねつ)過ぎた。出かけるにも世の夏休みと重なると、各所華々しい観光スポットは、インバウンドの観光客の皆さんと相まってさらに激しい人ごみに。うんざりするほどの暑さと人ごみの中にわざわざ出かけていくことはないだろう、と夏は比較的おとなしくしている派の私だが、今年はそんな余裕をかましているほどのんびりでもなく、まじめに勤労の日々を送っていた。外気の猛烈な暑さと建物内の過剰な冷房。その中で本来の自分の体温を保つのが、この夏一番の踏ん張りどころだった。

 そうこう踏ん張っているうちに、気が付くと月日は1年の3分の2をするりと越えてしまっている。振り返ってみると、仕事以外のお楽しみは例年より少なかったような気がする。3月の弾丸お伊勢参り、4月の尾道吟行以来、レジャーに出かけていない。ちょっとしたハイキングや温泉にも全然行けていないではないか。これは私にとって由々しき事態だ。どうりでココロが乾燥気味なわけだ。レジャーは大切。ゲイジツと同じくらいに。

楽しいけれど、そこに風は吹かないのだ

 そんな事態を予見してか、今年は、鑑賞した演劇や展覧会、コンサート、映画などのチラシ、友達や大切な人からもらったカードやはがき、うれしかったいただきものの包装紙の切れ端、などなど、自分を元気にしてくれた紙を壁の一面に片っ端から貼り付けることにしていた。その一画を見ると、楽しかったことや感動したことをいつでも思い出せる。少しずつ壁がいろいろな紙で覆われていき、その一片一片に目をやると、どれもなんだかうれしくどこか癒やされる、という思いがけないインスタレーションとなった。見た映画や演劇、コンサートなど、年の瀬には忘れていることも多いので(スミマセン!)、備忘録としても優れている。

 それはそれで楽しいものの、なんというか、そこに風は吹かないのだ。木々が風にそよぐ音や、水の音、鳥や虫の声はそこにはない。完全なる欠乏だ。ああ旅行がしたいなあ。しかし、まとまった休みがとれる見通しはしばらくない。

 ならば刻めばいいじゃない! と少しだけ秋の気配がしてきたまだ暑い日、私は小田急ロマンスカーに飛び乗った。目指すは箱根湯本だ。こうなったら日帰り温泉だろう。

癒やしのインスタレーションです
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