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 2021年9月に発足したデジタル庁は「デジタル社会に必要な共通機能の整備・普及」「国民目線のUI・UXの改善と国民向けサービスの実現」など様々な課題の解決を政策として掲げている。これらはデジタル庁発足前から政府が積み残していた「宿題」でもある。今回はデジタル庁が政策としてWebサイトに最初に掲げている「ID(識別子)・認証」の課題を検証する。

総務省が渋谷区に「待った」

 デジタル庁はWebサイトで「デジタル社会に必要な共通機能の整備・普及」の項目として「ID・認証」を最初に挙げ、「行政サービス等を効率的かつ安全・安心に提供するため」「ID・認証機能を整備します」との説明書きを付している。

 ID・認証は、政府が行政手続の原則オンライン化や、自治体の行政手続きのオンライン化に必要な情報システムを統一的に整備することを目指すなか、共通機能としてまず本人確認をオンライン化する必要があるというわけだ。加えて、新型コロナウイルスの感染防止策として、官民で非対面のオンラインサービスの重要性が一層増した。非対面サービスに欠かせないのは、サービスの利用者が間違いなく本人であると確認できるプロセスである。

 前提として認証技術には一般に「厳格さを求めるほど利便性が下がる」というトレードのオフの関係がある。こうしたなか、住民がLINEアプリの顔認証を使って住民票の写しなどを取得できるサービスを2020年4月から独自に始めた東京都渋谷区に対し、総務省が待ったをかけた。

 総務省は2021年9月29日、住民票の写しの交付に関連する省令(住民基本台帳の一部の写しの閲覧並びに住民票の写し等及び除票の写し等の交付に関する省令の一部を改正する省令)を改正し、渋谷区の同サービスは法令違反とする新たに規定を設けた。渋谷区は省令改正により中止に追い込まれた格好だ。

渋谷区長の意見表明(左)と総務省による省令改正のパブリックコメント
渋谷区長の意見表明(左)と総務省による省令改正のパブリックコメント
(出所:東京都渋谷区、総務省)
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 総務省は省令改正の理由について「住民基本台帳法で厳格な本人確認が必要とした規定を明確化したものだ」と、省令改正のパブリックコメント(意見募集)への回答で説明している。省令改正により、今後オンラインで住民票の写しを請求する場合は、マイナンバーカードの内蔵ICチップに搭載した「公的個人認証サービス(JPKI)」の電子署名を利用した本人確認の方法に限ることになる。

 渋谷区のサービスは、顔写真付き身分証と本人の容貌を運営側に送信して本人であると認証する方法だ。オンラインで身元確認が完結する「eKYC(electronic Know Your Customer)」と呼ばれる手法と同じであり、金融機関の顧客が非対面で預貯金口座を開設する際などにも使われている。

 しかし総務省は渋谷区のサービスについて、他人がなりすまして住民票の写しを取得する恐れがあるとして、法令に規定された厳格な本人確認が必要だと判断した。個人情報の漏洩を防ぐ必要があるというのが理由だ。